[付録:F]

遊星歯車設計のポイント


F1. はじめに
   遊星歯車は,サンギヤと複数個のピニオンおよびリングギヤから成る一種のギヤシステムであり,各ピニオン位置のかみ合いに位相を持たせることで,振動あるいはノイズ特性をコントロールすることができる.このかみ合い位相は,サンギヤ歯数,リングギヤ歯数とピニオン個数によって決まる.
   ここでは,かみ合い位相の種類とそれによる遊星歯車の振動騒音の特徴を整理して説明する.遊星歯車設計時の検討ポイントとして活用いただければ幸いである.

F2. 概要
  遊星歯車機構は,シングルピニオン式遊星歯車(図F.1)とダブルピニオン式遊星歯車(図F.2)が基本となっている.自動車用自動変速機は,これらを組み合わせた複合遊星歯車として多段変速を実現している.この基本となるシングルピニオン式遊星歯車とダブルピニオン式遊星歯車について,サンギヤ歯数,リングギヤ歯数とピニオン個数とかみ合い位相の関係およびかみ合い位相と遊星歯車の起振力の関係を以下に整理する.なお,遊星歯車の起振力 は,図F.3に示すように回転方向(Rotational),半径方向(transverse),軸方向(Axial)と倒れ方向(Tilting)の4 つの方向の成分を持つ.かみ合い位相によりこれら4つの方向の成分がそれぞれ影響を受けることになる.

F3. 遊星歯車の基本運動式とギヤ比
   本論に入る前に,遊星歯車の基本運動式とギヤ比について示す.遊星歯車の3つの回転要素の回転(サンギヤ回転Ns ,キャリア回転Nc,リングギヤ回転Nr)は,次式により関係づけられる.
これが基本運動式である.
①シングルピニオン式遊星歯車

          (1+λ)Nc=NrNs                                      (F.1)

②ダブルピニオン式遊星歯車

          (1-λ)Nc=NrNs                                      (F.2)

ここに, λはサンギヤ歯数Zsとリングギヤ歯数Zr の比で

           λ=Zs /Zr<1である.

  式(F.1),(F.2)から3 つの回転要素のいずれかを固定,いずれかを入力,残りを出力とすることであるギヤ比が求まる.表F.1および表F.2は,シングルピニオン式遊星歯車とダブルピニオン式遊星歯車のギヤ比を運転条件に合わせて整理したものである.
F4. 遊星歯車の配置角
   ピニオンの配置角δは,サンギヤ歯数Zs,リングギヤ歯数Zrとピニオン個数kp


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で決まる.その基本となるのが最小かみ合い角 θminで式(F.3)で表される.


ここに,符号+;シングルピニオン,-;ダブルピニオンである.
   ピニオンの配置角δは,最小かみ合い角θminの整数倍となる.
したがって,
δ=n・θmin=/360kp (nは整数),すなわち,


のとき,ピニオンは等配置となる.


のとき,ピニオンは不等配置となる

F5. かみ合い位相の定義
   かみ合い位相とは,各ピニオン位置でのかみ合いのタイミングのずれのことである.たとえば,図F.4において,サンギヤの歯元とピニオン# 1 の歯先がかみ合っているとき(点a ),i 番目のピニオン#i もサンギヤの歯元とピニオンの歯先がかみ合っていれば(点b' ),かみ合いのタイミングのずれ,すなわち,かみ合い位相はないということになる.しかし,実際にはサンギヤの歯は等間隔に配置されているのでピニオン#i はサンギヤと点b でかみ合うことになる.ピニオン#i の点b でのかみ合いは,ピニオン#1 の点aのかみ合いに対してΔθ進んでいることになる.


となり,ピニオン#1のかみ合いに対する各ピニオンのかみ合いの位相ΔPi (pitch)を求めることができる.
  図F.4とは逆方向にかみ合いが進行する場合は,ピニオン#i の点bでのかみ合いは,ピニオン#1の点aでのかみ合いに対して⊿θ遅れていることになる.言い換えると,
        
進んでいることになる.よって,この場合のかみ合い位相ΔPiは,
        
と表される.
  なお,上記は,サンギヤとピニオンのかみ合いに置ける位相であるが,ピニオンとリングギヤのかみ合いにける各ピニオン位置での位相もこれと同一となる.

F6. かみ合い位相と起振力特性
  各ピニオン位置でのかみ合いの位相は,サンギヤ歯数Zs,リングギヤ歯数Zrとピニオン個数kpの設定で決まり,以下の5 つのパターンに分類される.位相のパターンにより,回転方向(Rotational),半径方向(Transverse),軸方向(Axial)および倒れ方向(Tilting)それぞれの起振力特性が影響を受ける.
① ピニオン位置のかみ合いに位相差がない場合 (In phase);位相差がなく各ピ
    ニオン位置でのかみ合いは同一のタイミングとなるので,回転方向および軸方
    向の起振力はピニオン個数倍となり,その変動成分は大きくなる.一方,半径
    方向および倒れ方向の起振力は釣り合うので,変動成分は小さくなる.
  この状態は以下のギヤ構成条件で作り出される.

        (Zs+ Zr)/kp= integer (整数)― ピニオン等配置

        Zs/Kp=integer (整数)

        例:Zs=33,Zr=75,Kp=4の遊星歯車(図F.5)

②各ピニオン位置でのかみ合いの位相が1/ kpピッチずつ順番にずれる場合


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(Sequentially phased);各ピニオン位置でのかみ合いの位相が等間隔に順番にずれていくので,回転方向および軸方向の起振力は相殺され,その変動成分は小さくなる.一方,半径方向および倒れ方向の起振力は釣り合わなくなるので,その変動成分は大きくなる.この状態は以下のギヤ構成条件で作り出される.
        (Zs+ Zr)/kp= integer (整数)― ピニオン等配置

        Zs/Kpinteger (整数)で,小数点以下が1/ k p or 1-1/ k p

        例:Zs=33,Zr=75,Kp=4の遊星歯車(図F.6)


③対向するピニオン位置のかみ合いは同位相,隣り合うピニオン位置のかみ合いの位相が1/ 2ピッチずれる場合
(Counter phased);隣り合うピニオン位置のかみ合いの位相が1/ 2ピッチずれているので,回転方向および軸方向の起振力は隣り合うピニオン同士で相殺され,その変動成分は小さくなる.
また,半径方向および倒れ方向の起振力は対向するピニオン同士で相殺され,その変動成分は小さくなる.すなわち,すべての方向の起振力を小さくすることができる.ただし,対向するピニオン2 個あるいは隣り合うピニオン2 個での相殺のため,歯面誤差や組付け誤差により起振力の相殺度合いが影響を受けやすい.この状態は以下のギヤ構成条件で作り出される.

        (Zs+ Zr)/kp= integer (整数)― ピニオン等配置

        Zs/Kpintegerで,小数点以下が0.5

        例:Zs=30,Zr=74,Kp=4の遊星歯車(図F.7)

④各ピニオン位置でのかみ合いの位相が2/kp or1-2/kpピッチずつ順番にずれる場合(Optimum phase);ピニオン個数が5or 6の場合この条件も存在する.
kp = 5の場合,回転方向,軸方向,半径方向および倒れ方向すべての起振力が,5 つのピニオン位置すべてのかみ合いで相殺されるので,その変動成分を小さくすることができる.また,歯面誤差や組付け誤差による起振力の相殺度合いは影響されにくくなる.kp=6の場合,対向するピニオン位置のかみ合いは同位相となる ので,3 つのピニオンのかみ合いで回転方向,軸方向,半径方向

および倒れ方向それぞれの起振力が相殺されることになる.
これら状態は以下のギヤ構成条件で作り出される.

        (Zs+ Zr)/kp= integer (整数)― ピニオン等配置

        Zs/Kpintegerで,小数点以下が2/Kp or 1-2/Kp

        例:Zs=37,Zr=78,Kp=5の遊星歯車(図F.8)

        例:Zs=38,Zr=82,Kp=6の遊星歯車(図F.9)


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⑤ピニオンが不等配置となる場合(Unequally spaced);ピニオンが不等配置になることで,各ピニオン位置におけるかみ合いに位相が生じる.各位相は,ギヤ構成条件によって異なるので,式(F.6),(F.7)によって求める.この位相差により,各方向の起振力はパターン①と②の中間的な特性を示すことになる.この状態は以下のギヤ構成条件で作り出される.
        (Zs+Zr)/kpinteger (整数)― ピニオン不等配置

        例:Zs=42,Zr=75,Kp=4の遊星歯車(図F.10)

     最小かみ合い角θminは,

   

F7. まとめ
   以上,説明したかみ合い位相のパターンとそれによる起振力のコントロール状況をまとめると表F.3のようになる.
   ギヤトレインの振動伝達特性に応じて,位相パターンを選択すれば,効果的なギヤノイズの低減が可能となる
   たとえば,回転方向の起振力に対して振動伝達特性が敏感なギヤトレインに対しては,②のSequentially phased 遊星歯車が有効であり,半径方向の起振力に対して敏感なギヤトレインに対しては①のIn phase 遊星歯車が有効となる.
   歯数の決定段階では,ギヤトレインの伝達特性が不明な場合が多い.このような場合には,各方向の起振力を相殺できる③のCounter phase 遊星歯車を選択するのも一つの方法である.
   5 ピニオンあるいは6 ピニオンが許されるのであれば,④の条件を満たす遊星歯車を選択したい.


(寄稿 森川 邦彦)

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